2011/11/08

『「歯がありません」慶應大学生 が電車で寝ていた老人を盗撮、ネットで晒す』を考えてみました。

「歯がありません」慶應大学生が電車で寝ていた老人を盗撮、ネットで老人を笑い者にするために晒しました。


現在、掲示板などでも本人もしくは、家族などからその事についての謝罪や後悔したような発言はどこにもないようです。


逆にこの様な扱いになっていることに燻っている様な情報まで出ています。


余程、自分以外の人間に対しての配慮の無い人物・家族と思われます。
自分のやったことがどれほど見ず知らずの人間に失礼な事をしたのか全く理解できていない様です。
また、これだけインターネットが身近になった生活の中でどの様に利用すべきかということについては何も理解していないようです。


その学生の友人か有志か判りませんが掲示板には、トンチンカンな人間が出没して「騒ぎ立てるな」・「そんなに責めるな」の様な事や掲示板に書き込みをしている人間に向かって罵倒・嘲笑を繰り返しています。


しかしながら、未だに本人もしくは、家族などからその事についての謝罪や後悔したような発言はどこにもありません。

一番の問題点は、 本人の非常識な行動にあります。
見ず知らずの人間の写真を撮り、笑い者にする目的でインターネット上の誰もが閲覧可能な場所に公開した事です。
また、こういう社会的な善悪の判断の欠如した人間を育てた家庭の問題も非常に大きいです。


今回の老人の写真を公開した件以外にもディズニーランドで係員の制止も無視し写真の撮影をし、更にその事を自分のブログで記事にしている件についてや、渋谷で髪型の変わった男性の後ろ姿を勝手に撮影し、笑い者にするために公開している件も同様です。


全ては、自分が奇異に感じたものや面白いと感じたものを笑いのネタにするつもりで何の考えも無く他人に公開しようとする何とも軽薄で常識に欠けた行動をする性癖があるとしか言い様がありません。


おそらく自分より変なものは自分よりも卑しい物だとどこかで思っているのでしょう。
また、自分の行動についても自分のすることは正しく何をしても許されてしかるべきとでも思っているのでしょう。
であれば、社会的には恥とも思える行為も自分は許される。


考えれば考えるほどその理解しがたい人間性の為、恐怖さえ覚えてしまいます。
不用意に外出したら最後、この様な人間に勝手に盗撮され笑い者にされるためにインターネット上に公開されてしまう。

法律に触れるか触れないか、罰則があるか無いかは別の話としても、社会生活の中で誰もが貧富に関係なく同じだけの生きて社会の中で生活するために許され保証ている権利がありますが、そういう物を誰もが感じて逸脱しない事が社会生活を安定させ守る物であるはずなののですが、どうも浅倉友里子には、そういう理解はなく家庭でも教えなかったのでしょう。
恐ろしい事です。


社会的な善悪の判断の中でマナーやモラルと言ったものが曖昧ではあるが存在し、それを逸脱しない事が必要なはずだと自分は理解していますが、今回のようなことやこのブログの記事になっているような事が絶えません。
何故なんでしょうか?


また、わざわざ公開しなくてもいいのにインターネット上で公開したり、何様のつもりでしょう?


公開している人間は、全くの無知な動物並みの感覚しか持っていないのでしょうか?
自分がしたことを犯罪でも他人を笑い者にする事でも公開することの優越感に喜びを感じているのでしょうか?

また、後悔も謝罪もなく居直って訴えるだのと言う人間は、何なのでしょうか?
全く理解不能です。


そんな理解不能な人間が増え続けていることに恐怖感を感じてしまいます。

2 件のコメント:

黒田守 さんのコメント...

問題の一つは、未だに該当画像を削除していないことでしょう

黒田守 さんのコメント...

問題は、未だに画像を削除せず、あざ笑っているとこ
犯罪を犯して、責められても反省もせず、犯罪をし続けるのは親の教育がおかしかったんだろう